ダンサーの主婦が山本謙吾の人工関節手術のことを語る

ダンスが大好きな女性の悲劇

おもうように動けなくなってしまった、彼女の母が彼女の重い腰を動かし、病院へ・・・

そんな記事があったのでみな様にも思うようなことがあればと思い共有したいと思います。

もし同じような症状がある、同じような経験がある方、もしよかったら見ていってください。

私はダンスが趣味で小さいころからダンサーになりたいなんて思っていました。

はじめてそう思った経緯はとあるアイドルがテレビで踊っていたのかとても印象的で、私もみんなの前で踊ってみたいというのが始まりでした。

親にお願いしてダンス教室にも行かせてもらい、思う存分ダンスを踊っていました。

自分はヒップホップがメインでしたが、語学の為色んなダンスを覚えました。

高校では四人組のグループでジャニーズの踊りを文化祭で披露しました。

その時は、とても盛り上がり、みんなが私たちのダンスを見て楽しんでくれているのを実感した初めての日でもありました。

ダンスをしているときはいやなことがあっても全部忘れられるもはや私にはなくてはならない存在でした。

そんな夢見ていたころから早くも30年以上がたってしまいました。

今では旦那と社交ダンスをしています。

結構激しいタンゴやクイックステップをやっているのですが、練習中に足の付け根に妙な違和感を感じたのです。

思うように体が動かなくなったり、足を上げたりした際に痛みを感じたり、最初は「疲れているのかな?ストレッチが足りなかったのかな?」とか思っていたのですが、日に日に痛みは強くなり、変な疲労感も出るようになり、おかしいと思い近所の整骨院に行くことにしました。

整骨院ではマッサージを受けたり、電気治療をして経過をみることになったのですが、一向によくなる気配はなく、痛みは増していく一方でした。

見かねた母が整形外科のある病院に連れて行ってくれました、痛みのことや、ダンスのこと、体が思うように動かないなど症状のことを話し、レントゲン撮影での診察をしたのですが、関節が変形しており、骨と骨がぶつかってしまい、痛みが出でいるとのことでした。

その時に行った病院では対応が難しいくらい症状が進行しているとのことだったので、東京医科大学病院の紹介状を出していただきました。

すぐに東京医科大学病院に行き、担当していただく先生より「山本謙吾です。よろしくお願いします。」と紹介をいただきました。

変形性股関節症と診断を受けました。

股関節の骨の変形がだいぶ進行してしまい、人工関節の手術をしないといけないと山本謙吾先生からいわれました。私には、ダンスしかないのでダンスが踊れるようになればと思い、家族と相談して手術を受ける決意をしました。

そのあとは、山本謙吾先生と手術の日程を決め、手術前の検査として2日前から入院、手術をしてリハビリとめまぐるしい日々であまり記憶があいまいなのですが、病院の看護師さんたちはとても献身的に私のお世話をしていただき、とても助かりました。

大学病院は結構テレビの影響のせいか、結構厳しいというか、当たりがきついみたいな印象がありましたが、東京医科大学病院はそんなことはなく、山本謙吾先生も優しい先生で安心できました。

術後は激しい運動はしてはいけなかったり、脱臼の恐れがあるため気をつけなくてはいけない事が多く不自由な日々が続きましたが、慣れてしまえば日常生活には支障はないと思います。人口関節の状態を見てもらうために半年に一回通院の必要があります。

ダンスができるようになればと思いましたが、あの頃の痛みのことを考えると、本当に手術をしてよかったと思います。

変形性股関節症は腰痛や膝疾患を併発しやすいとのことでしたが、私はそんなことはなく、股関節の手術後はそういった痛みはなかったのですが、今後そのような痛みが出た際には、山本謙吾先生にお願いしたいと思います。